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小話「最後の思い出に、魅了魔法をかけました」

更新日:11月10日

(2025/11. コミカライズ記念に小話をあげておきます。プロットの協力させて頂いていた時に書いたものですが、コミック版はフェリクス様の特殊能力には言及していません)


【フェリクスの葛藤】



 幼い頃、俺の容姿は氷細工のように美しいのだと、皆が言った。


「フェリクス様のお美しいこと」

「まるで絵画に描かれた神の使者のよう」


 人々は俺を見つけると、はっとしたように硬直し俺を見つめ続けることがある。何かが心の深いところに響いているかのように、目が離せなくなるのだそうだ。そうして、そうした人々の中には、その後崇拝するような瞳で俺を見つめるものもいる。


 意味が分からない。なぜなら美しいものなどありふれているのだから。


 王宮は美しい。所蔵されている美術品も素晴らしい。何より、意向を凝らした庭園は美しい。けれど人の生み出すものだけじゃない。駆け抜けていく風は心を清らかにし、晴れ渡った空は、青く、澄み渡り……ただそこにある。この世の神秘が生み出すもの以上に美しいものを、生きた人間の中に感じることなど……俺には分からない。


「それに比べて、みすぼらしいあの領地の伯は」

「みっともない領民を抱えておりますものね」


 むしろ人には醜いものを感じることの方が容易い。

 人を構成する皮一枚に何を感じ取って、何を比べて、優越を作るのか。そしてそれを他者に押し付けるのか。


「ありがとう」


 そう言って微笑むだけで群がる人の多いこと。俺が美しい、王子であるというそれだけで。

 幼いあの時、俺は無自覚に、人と接することそのものに辟易していたのだろうと思う。




 八歳のあの日。


「わぁ、綺麗……!」


 二階の窓から、女の子が見えた。……二階の窓からだ。

 よく見ると歳の近そうな子供が中庭の木に登り、庭園を見渡しているようだった。

 彼女は、太い木の幹に両足を着け、しっかりと立っている。瞳が生命力溢れるように輝いていた。太陽を浴びて、まるで彼女そのものが輝くように。彼女は光の中に居た。


「なんて素敵!こんな綺麗なお庭見たことない!!」


 庭園の咲き誇る花々でも眺めているのだろう。


「来て良かったー!生きてて良かったーー!!」


 楽しそうに、木の上で叫んでいる。


(……常軌を逸している)


 それは分かっていた。ここは王宮だ。なにより俺は王子だ。どこの令嬢なのか知らないが、ドレスをまくり上げて木登りしていることなどあり得ない。だけど。それでも。


(彼女は美しい)


 楽しそうに全力で笑っている。人に見られるための笑顔ではなく、楽しさを堪えきれずに一人きりで笑っているのだ。


(あの瞳を俺に向けて欲しい)


 どうしてそう思ったのか。音を立てて窓を開けると、彼女が俺を振り向いた。

 輝くような瞳が俺をまっすぐに映した。

 白い布に、俺という黒が染みこんでいくように、彼女が俺を映し出していくのが分かった。

 彼女は息を呑むようにして俺を見つめていた。


 その瞳を知っている。俺を美しいと言う人たちと同じ。彼女の瞳に、俺は今、何か美しいものとして映っているんだろう。けれど、それだけ。庭園を見つめて喜んでいたあの瞳とはまるで違う。


(ああ……悔しいな)


 知ってしまった。


(美しい人は、存在する。彼女は美しい。彼女に認識されたい。好意を持たれたい)


 これが俺を取り巻く人々の心理だと知っていく。けれど俺はたいして認識されもしない、彼女にとっては有象無象で、庭園の蟻以下の存在だろう。


(側にいたい)


 生まれて初めて心の中に欲望が渦巻いていった。まるで普通の人のように。いや、そうなんだが。もともと特別な者などでは……ない。そう思うと、なぜだか楽しくて笑みが浮かんでしまった。


 笑う俺をきょとんと見つめる少女は、きっと、迷い込んだ普通の少女。だけど、きっと……心を動かす、俺の世界で一番美しい人間。


(さて、どうやったら手に入るのだろう)





 生まれて初めて、人を動かすことを知っていく。自分が要領良く、人の心を動かせることを知る。

 画策したら、彼女を婚約者にすることが出来た。本人は戸惑っている様子だったが、嫌そうではなかった。時折、庭園を見つめていた時のような瞳を俺に向けてきた。その様子は好意を持たれていると思えたほど。


(彼女の心を動かすことはするまい)


 その瞳を俺に向けて欲しいけれど、俺色に染め上げた彼女を見たいわけではない。

 太陽の日差しが当たり前に俺に降り注ぐように、彼女の天真爛漫な明るさは、無垢なままでいて欲しい。


 けれど、そう簡単ではなかった。問題は王都での日々だった。

 王子妃としての教育。社交会。彼女の笑顔が減っていく。彼女の煌めく瞳が俺に向けられないだけならまだいい、しかし彼女は、曇った瞳で張り付けたような笑みを浮かべるようになった。


(これでは駄目だ)


 ぞっとした。俺が手負ったのだ。美しい花を。生命力溢れる、輝く光のようだった彼女を。

 いっそ俺に依存させ、このままでいるのが一番の幸せなのだと思い込ませようとしたこともある。……けれど、それは俺が許せなかった。子供の頃のあの美しい瞳をもう一度見たいのだ。ああ、俺色に染め上げたいのに、そうしては俺の愛した彼女の姿が見れないなんて。初めから間違いだったというのだろうか。彼女と出逢ったことも。彼女だけが俺の心を動かしたことも。彼女を手に入れるために画策したことも。




 だからその罪を、罰を、受け入れようと思ったのだ。


「聖女が見つかった」


 身の振り方が変わる報告を聞き、俺たち兄弟は小さく目配せをし合う。兄は弟を見つめた。俺の一つ上の聖女より、弟は四つ下。歳の差があるが、婚約者がいないのは弟しかいない。


 だが。瞳を閉じ、覚悟を決める。


「……聖女との婚約は俺が受けます」


 そう言ったときの、家族たちの驚愕した顔と言ったら。


 こんなことでもなければ、彼女を手放すことが出来ない。檻の中から解放し、自由に羽ばたく鳥のようだった彼女に戻ってもらいたい。


「エリックはともかく……お前だけはないと思っていたのだが」


 王太子妃との婚約破棄の方が大事だろうに、父王は一体なにを言っているんだ。


「陛下何をおっしゃりますやら。僕の婚約解消などありえませんよ」


 仲睦まじい婚約者がいる兄は笑顔で父王に圧を掛ける。


「僕は人間に……じゃなくて女の子には興味がないし……助かるけど」


 国に富みをもたらすと言われている聖女を、この弟に任せるのはあまりに心もとないというのは総意で、最大限の保証をすることで、クレアとの婚約の解消が決まった。


 解消の手続きを、粛々と進めていく。クレアが、解消は合理的だと言った。元々の彼女はそんなことをいう性格をしていなかった。俺が彼女を変えたのだ。その事は、俺の最後の未練を消した。


 己のたった一つの……小さな欲が、誰かの人生を大きく変えてしまう。その恐ろしさを改めて心に刻む。


 彼女の幸福を願おう。聖女の幸福を紡ごう。


 そうすることできっと……俺の側にはやってこなかった幸福の面影を、いつかどこかで作り上げ、感じることも出来るのだろうから。



*終わり


(この後、変人の第三王子も、聖女、という特殊存在に魅了されるように惹かれて行きます)

1件のコメント


水流花
11月09日

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